【この本オススメ!】『常識にとらわれない100の講義(森博嗣)』から”思い違い”を学ぶ。

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結局、中身は一緒。

 

【わかった振りをする人と
 わからない振りをする人がいる
 でも、伝わっていることはどちらにも大体同じくらいである】

分かってくれる人と、分かってくれない人がいるように思うけれど
実は伝わっている内容はほとんど同じだ、と思う。

この人は分かってくれる、と思っても一歩引いて客観的に見よう。
大喜びしたり、全面的に信じたり、頼ったりというのは行きすぎだ

逆に、分かってくれない、と思っても敵意を持ったり、
諦めたり、もうお終いだ、なんて考えないほうが良い。

振りをする、というのは少々言いすぎかも知れない。
本人は「振り」をしているという意識はなく、
見ている方が言葉尻や態度を捉えて、見るほうが勝手に解釈をするのである。

以上は、森博嗣さんの文章です。
(「常識にとらわれない100の講義」より)

ナオコはよく、思い違いをします。
思い違いに気づくことが多いというかね。

恋人との関係とか
仕事での案件の読み違えとか
女友達との言葉の意味の汲み取り具合とか(笑)

たまにそういうのに、気づき過ぎて、悩むときがあります。

都度自分の書いたことや喋ったことを思い返してみると、
アレは違う、コレも違う、と思えてなりません。

自分の中で自分の掴んでいる世界の解釈と
現実世界のありようの違いに悩んで・・・みたいな。

実際、こういうことを考え始めると
自分から何かを発信したり、行動したりする事が億劫になったり
ややもすると怖いとまで思ったりします。

で、一時期そういう穴にはまってみたんですが
この文章を読んで、違いがあることはしょーがねぇや、と思えました。

 

なんでヨミ違うと凹んでしまうのか考えてみた


なんでこうも、確信を持ったことが
「違う」ってなると凹むのかを考えてみました。

なにかが「分かった!」「これか~!」という感覚があったとき
私は3つの時間軸でウレシクなります。

もう、たとえを恋愛にしちゃいますけど

1.過去の解けなかった問題を紐解けた、過去を乗り越えた達成感や安心感

過去、こういう男と付き合って別れてしまったけど
今の私は成長して上手くいくようになったんだ♪という気持ち。

2.現在もその解釈で納得がいく、大丈夫だ!自信

この今の私で、あの時ダメになった要因を克服したんだ!という
今この瞬間への確信。自信。

3.未来もきっとこの解釈で上手くいく、「よしっ安心!」という期待など

このアタシで、きっと未来も大丈夫!という嬉しさ。
結婚なんてものを約束していたら、未来への安心感は半端ないでしょう。


しかし、もし仮に、ヨミ違いで破局してしまったとしたら
(恋愛のたとえだからね)

あの時その時に確信を得て
「分かった」「掴んだ!」と思っていたことが

時の経過とともに
結局は自分の「見たい解釈」でしかなかった
と判ったら、それはそれは、ガックリきますよね。

もう、過去・現在・未来と全ての時間軸で
ガッカリするのでダメージが大きい。

もう何かを掴んだとか、分かった!とかで心踊りたくない。
落ち込みすぎて、引きこもりたくなるよね。

恋愛でも仕事だろうと
ナオコは発見があるとついFBやブログに書き込んできたので

なんだかとても、
WEB上では人格が完成した人のような自分が出来上がっていたりして(苦笑)
(そういう目で見て下さる人にも申し訳ない気持ちになったり)

後日には、その発見が違ったな~とか、あの時はああいう結論出したのに
今は違うことしちゃってるなぁ、思うことも多々あり

したり顔で“自分のための解釈”を公表してきた自分がちょっと嫌になってました。

まあ色々と、表舞台の上に作っている自分と
リアルで感覚を伴って生きている自分のギャップを見つめ直す時間を持っていました。

“私は、どうしていきたいのか”

結論は、
後々まで違和感やギャップの出ない結論かどうかは
都度都度、結論を出しながら、
その結論を私の人生と生身で体現して検証して生きていくしか、
分かりようがナイってこと。

 

いまのハナシは、”いま”のハナシ。

もう開き直っちゃいましょう。
私の体感や、確信の賞味期限の短さといったらないですよ。

情けないぐらい、次の日には覆っていることがあるし、
言った瞬間、「こりゃ違ったな」と分かることだってある。あはは。

でも、その言葉を発信しているその瞬間には嘘はない。
本当に思ったことしか都度、言ってない。

だから私の言葉や、いっそ私が存在したこと自体すらも
明日には忘れて貰っていいです。(無責任発言)

その時々に届く人に届いて、心が動いて、
何かを変えるキッカケになっていたら十分です。
その後の人生に登場しなくたっていい。

いちいち考えていたら、使い古された常識の枠のなかでしか動けなくなっちゃうよ。

まぁね、あ~恥の多い人生だな、って感じだけど・・・

他人にとっては、私のかいている恥とか
喜びや痛みとか

たぶん、他の人にはどうでも良いものでもあるんだろうな、と思います。
大多数の他人には、ね。

そして同時に、その人それぞれにも、それぞれの喜びや痛みが
掛け替えのないものとして存在するんだな、と思っています。

その本人にとっては大切な感覚でね。

ということで、そういうことを考えるキッカケになった、森さんの本、
「常識にとらわれない100の講義」おすすめですよん。

ではまたね~

この記事を書いた人

ナオコ
ナオコ
ベンチャー企業で働くアラサーOL/独身。
“まずは何でもやってみる”が信条。
何でも~が高じて現在は3つの仕事をしている。
趣味は読書。好きなタイプは西郷隆盛。

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