男も女もセックスをオオゴトにしてないか?と世の中に問いたい。

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ナオコです。

いつもはシモ系のお話はしないキャラなのですが
最近どーにもこうにも思うことがありまして
書かせていただきます。
セックスについて。

どうして世の中、男も女もセックスをオオゴトにしているんだろうか。

そしてご多聞にもれず、私自身も翻弄されているけれど。笑

先日、舎弟のような後輩(男)が、
合コンで散々思わせぶりに近寄ってくる女の子と2人っきりで中抜けし
カラオケで良いムードになったのに、寸止めされて帰ってきたと泣いてました。

馬鹿だなぁ、って思いながら、聞いていたんですが。。。
そんな、20代の男性を翻弄して止まないセックスについて、
すっごく夢のない話をしてもいいですか?

女を30数年生きてきて、やっぱり思うんだけど

セックスってさ

物理的にはさ

ただの摩擦だよね。
肉体的には摩擦でしかないよね。

肩が触れたとか、足を踏まれたとかと同じ刺激だよね。

なんでみんな、セックスをそんなに重要視するのかね。

 

若い男性誌を読めば、
まずはセックスに持ち込むことがゴール的なね。

女性誌を見ても、セックスは勿体ぶったほうがよい、とか
あまつさえ「結婚の意志」だとか「結婚の交換条件」みたいに扱うのか。怖いわ。
なぜ。。解せん。

ある晩眠れなくなり、ナオコは考えてみました。

セックスとはいえ、
身体的な接触は、神経を通じて刺激として脳で処理されるわけ。

肩がぶつかった、とか足を踏まれたとかと同じ神経回路を通って
脳に到達するわけよね。
でも、なんで・・いったいどうして
こんなに“感動的”なことだとか言われているのか。

もちろん、ナオコも感動的だったり嬉しいな~とルンルンする。
どうして男も女も「好き」と思ったら体の関係を持ちたくなるのか。

そして思いを達したときの
気持ち良さや、満たされ感について、ナオコなりに考えてみました。

 

結論:セックスの気持ちよさって、「摩擦」に与える意味の違いかなと。

 

いいな、と思う相手がいて
近づこうとしたり、離れたり

幾度のやり取りを重ねて
想いを重ねて、苦労の山越え、谷を越えて得られた接触であるからこそ、その摩擦を快楽に変換するのではないかと。

 

そういう変換の文脈が無い相手とは
たとえ百戦錬磨で手技に長けていたとしても(笑)
ただの刺激に喘ぐことは難しいかと思う。
堅物すぎ?頭でっかちすぎ?

そういう訳なので
ナオコの場合、好きな人が出来ても、すぐにコトに至ることは少ないのね。

沢山(自分を)焦らして、ヤキモキして
欲しい気持ちになってから頂くほうが楽しくない?

あ~今日も手も繋げなかった。
と悶々しながら、
まだ友人である彼の背中を見送りながらヤキモキするのが好き。

今日であった人も、全てのやり取りと共有していく文脈の全てが
あとあと得る快楽のための前戯みたいなもんだと思うと、
些細な行き違いもモヤモヤも、面白くて楽しめません?

そんな訳で、絶賛前戯中♪な男子が身の回りに沢山居るので
毎日が刺激的です。

あ、妄想ですよ、もちろん。
そんな同時多発的に”アクシデント”は起こらないからビッチではありません。(そのはず)

うーん、勢いで書いてみたものの
やっぱ私も真夏の暑さで浮かれてますね。

次回はマジメな記事を書きまーす。
それでは、またね~♪

この記事を書いた人

ナオコ
ナオコ
ベンチャー企業で働くアラサーOL/独身。
“まずは何でもやってみる”が信条。
何でも~が高じて現在は3つの仕事をしている。
趣味は読書。好きなタイプは西郷隆盛。

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