最高の友達も、恋人も、見つけられるで!あなたに必要なのは○○をしないこと。

2

忙しくなってきました。こにくです。

こんにちは!

そろそろ、人肌恋しい季節です。
人肌のようなぷにぷにの雪見だいふくが店頭に並ぶ季節です。

みなさま、いかがお過ごしですか?

通年であれば、じゃっかんおセンチになりつつ、
風の匂いの変化に胸をキュンとさせながら、いつものようにビールをくいっと飲み干すこにくですが、
今年の秋は例年以上に仕事がとても忙しゅうございます。

なので、じっくりおセンチになる暇もないのだけど、
遅くなった22時過ぎのお仕事帰り、
だいぶ肌寒くなったのを感じて、やっぱりちょっとはおセンチになってしまうのでございました。

さてさて。
こにくは、こちらのメディアのコラムにて、
たくさんの職歴を重ねてきたし、こじらせからも徐々に脱却してきたと
折に触れてはお話ししてきましたが、
それって、もしかすると「こにくはとても努力家なのだな」とお思いになってくださる方、
おられるかもしれないのですが、

はっきりいうて、こにくは努力とか苦労とかが大っ嫌いです。

正確に言うと、「努力を努力と感じることがイヤ」なのです。
だってそんなん、重苦しいやん。。。。。

もちろん、たまには「アタシ頑張った!!!褒めて!!!」って時、ありますが
基本的に、苦渋を伴う努力や苦労は大嫌い。

だから、なるべくそう思わなくてもがんばれちゃうことを探しています。

そして、こにくが意識して「努力しない」ようにしていることがあります。
それは、人間関係!

そう、人間関係こそ、努力したらあかんねんで!

そもそも続かない

みなさんのなかにも、
たとえば大好きで憧れて、追いかけて追いかけて、努力してつかんだ恋や友情があるという方、
いらっしゃると思います。

それが、どれほど続いたでしょうね?

「憧れ」や「羨望の眼差し」「尊敬」から始まった人間関係って、
往々にして、長続きしないとこにくは思っているのです。

理由は単純、疲れるから。

疲れる理由、それは、お互いの目線が違うから。
片方は相手を見上げ、片方は見下すか、まっすぐ前を見ている。
どちらにしても、目線が合ってない。

こにく、人間関係は年齢、性別や国籍、そしてもちろん肩書きや家柄なんかもすべて関係なく、
対等でないと成り立たないと思っています。

それは、もちろん、目上の人や年長者に対する畏敬の念や礼儀がいらないというわけでなく。

片方が必要以上に偉ぶったり、
もう片方が必要以上に自分を蔑んだり低い位置から相手を見上げたりして、
そういう「でこぼこな関係」であるときは、
人間関係は絶対うまくいきませんね。

人は、すべて対等だから。

そんな、見上げ続ける関係も、見下し続ける関係も、
不自然きわまりない。
不自然なことは、やはり疲れます。

こと、見上げる側の立場の人の場合、
きっと少しでもその相手に近づけるよう、「ふさわしい相手」になれるよう、
「努力」するんでしょう。

こにくも、もちろん、したことある。

学生時代に、憧れの先輩に近づきたくていろいろ背伸びしたりとか
すごくセンスのいいモテ女子と、緊張しつつも友達になったときとか。

でもでも、はっきり言えること、
こにくは、そんなときの自分が、今思い出すととっても嫌い。

無理して相手に合わせようとしてた自分。
「今の自分ではダメだ」って思って、少しでも「イケてる(ように見えた)あの人」に近づこうと「努力」してた自分。

この虚しさったら、ない。
思い出しても、苦い気持ちになります。

当たり前やけど、無理は続かへん

そんな、卑屈にまみれた「努力」でもって、
相手に合わせてつかんだ人間関係も、基本的には続きません。

はかないもんです。

そして、残るのは、ぎこちない微妙な思い出。

一緒にいるときの居心地の悪い「緊張感」を
「興奮」にすり替えようとしていた、不毛な「努力」。

すべてすべて、虚しい。
だって無理してるんやもん。

これ、自分が相手に興味や憧れがあって近づいていく場合だけじゃなく、
逆に誰かに「憧れられちゃった」とき、「見上げられちゃった」とき、
その相手を受け入れたときにも若干の居心地の悪さを感じます。

憧れられている期待に応えようとしてしまう、不毛な「努力」。
相手は決して自分の本質を捉えてくれている訳ではないのに
(いきすぎた「尊敬」は、その人の目を曇らせるもんね)
寄せられる好意には応えねばという不毛な「義務感」。

あああああ。本当に虚しい。

同時に、飄々と、颯爽と、唯我独尊な生き方ができない自分が嫌になります。

あるときは、自分の自信のなさゆえ、まぶしい人に近づくことで
少しでもそのおこぼれをもらおうとしたり

またあるときは、孤独になるのが嫌だから、
合わないと感じている人にも無理に合わせようとしたり

どれもこれも、こじらせ臭がプンプンですね。

どれもかつてのこにくが踏んだ地雷です。

でも、地雷だからこそ「むりやーーーーー!」って、爆発してもうた!

「この人との関係は大事にしよう」と思った時点でアウト

そんな地雷をいろいろ踏んだ結果、
こにくが気付いたこと、それは
今残っている濃ゆい人間関係、すごく楽しい人間関係、
強固な人間関係って、どれも、勝手にそうなったものだったり、
どちらからともなく、継続的に引き合うものがあったり、
会ってから深い関係になるまで、結果的に時間がかかったものだったり、

そう、
「ほっといたら、気付いたら最高になってた」っていうパターンばっかり。

逆に、会ってすぐにすごい高いテンションで仲良しになったりとか、
「好かれたい!」って思っちゃったりとか、
第一印象で「うわぁ、この人と仲良くなりたい!」っていきなり思っちゃったりとか、
相手が自分のどこを好きなのかわからないけどなぜかやたら好かれちゃってるとか、

残念ながら、そういう関係は、終わるのも早い。
しかもけっこうな虚しさを残して。

そして、本当に皮肉だけど、
相手との関係を良いものに、そして長く続けよう、と思ってしまった時点で、
アウト
と言っても過言ではない。

「この関係は長続きさせたい」と思った時点で、もうその関係は終わるってこと。

これ、こにくなりに分析してみたのだけど、
やっぱり人間、「第六感」とかはきちんと働いてて
相手のルックスやスペック(やってる仕事や趣味、センスなど)にピンと来て
近づいたとしても、どっかで違和感や緊張感を感じてる。

でもその「違和感」や「緊張感」ってもう「無理してる」ことに他ならないから、
「関係を『頑張って』続けよう」という努力が必要になる。

そう、続けるのが難しい関係だとうすうす分かっているからこそ、
「長続きさせよう」という意志の力=努力が必要になる
んですね。

だから、もう、続かない関係って、そこで決定づけられてしまったことになる。

こにく、経験的にこの感覚をつかんできて
だから、けっこう辛いときもあります。

「あー。この関係『長続きさせたい』って思ってる…。終わるな…」って。

「長続きさせたい」って、ムフフな相手でも友達でも、
やっぱり「好き」に変わりないわけだから、わりとダメージはある。

だから、気付かないフリもしてたけど、今は受け止めるようにしています。
なるべくね。
その「好き」はどちらかというと「執着」に近いってこともわかったから。

でも、そんな「努力」でキープした人間関係も、
本当に自分にとって必要な関係かどうかって、微妙。
本当に自分にとって必要な人は、必ず自分の前に現れるとこにくは信じておるので。

自分がどうあっても。

そう、だから、なるべく無理なく、
「努力」することなく、適当に力の抜けた自分でいることが、
本当に必要な人を自分のまわりに寄せ付けるキモなのだと思うのです。

でもだいじょうぶやで。

じゃあ、好きになった相手とはもう、好きになっちゃった時点で、長期的ないい関係にはなれないのか??

決してそんなわけじゃないで!
こにくが言うてるのは、あくまで「無理はせんときましょ」っていうこと。
人間関係において、「努力」や「苦労」は、不要です。

もちろん、さっきもいうたけど、
「努力しない」ということは、礼儀を軽んじたり傍若無人に振る舞うことを推奨するわけじゃない。

「苦労しない」と言っても、大きさの違いはあれど人間関係における悩みからは、一生逃れられない。

そんななかで、でも大好きな人、友達と、良い関係を長く続けるために必要なこと、
それは

「今、この瞬間を楽しむ」っていうこと。
「一緒にいる時間に全身全霊集中して、思いっきり自分が楽しむ」っていうこと。

相手との、あしたのことは考えない。

こにくの考えるベストな人間関係、それは
法的な縛りも、しがらみも血縁関係も利害関係もすべて超越して、
「一緒にいると楽しい」という気持ちだけでつながっている関係。

一緒にいると、たくさんの喜びや楽しさや愛を共有できる関係。
得るものの多い関係。

それが、こにく的に言うと「一緒にいると楽しい」っていう
超シンプルな表現にいきつくのだけど、これ、真理だとこにくは思っておるのです。

だって、一緒にいて楽しかったら、相手も、また会いたいって思ってくれるやん!
「一緒にいると楽しい」と、「また会いたい」につながりますやん?

「一緒にいると楽しい」と「また会いたい」の繰り返しが、
「人間関係」なんや
とこにくは思っていて、
しかも「『いい』人間関係」の。

「一緒にいると楽しい」のいいところ、
それは、相手に楽しんでもらうために、自分はいい状態でいなきゃいけないから、
そこには良い意味での緊張感生まれること。

それすなわち、「親しき仲にも礼儀あり」のやつです。
そこには相手に対する尊重と、愛があるよね。

もちろん、全然あかん自分だって、いてる。
でもそれすら受け入れてもらえるようになる土壌をつくるのは
「一緒にいると楽しい」からのスタートやと、こにくは思うのでした。

いつどうなるかわからない

でもでも、最後にひっくり返すみたいやけど、
人間関係って、人生って、わからんもんですから、
因果なもんで、どこでいつだれとどんな関係になるかって、ほんまにわからない。

だから、一番大事なスタンス、
それは、「苦労」や「努力」は脇に置いといて、
普通に未来に軽〜くワクワクしつつ、淡々と、日々丁寧に過ごすこと、なのかもしれない。

おセンチな秋の夜長に、
ちょっとおセンチに、おとなしめに本日は締めてみたいと思います。

では、また!

この記事を書いた人

こにく
こにく
遅咲きモテ系30代・広告クリエイティブ職のわりと肉食な女。独身。
お酒と仕事と下ネタと、人生を豊かにしてくれるカルチャーが大好き。
もと「こじらせ」で小デブ。関西在住。
愛と笑い溢れる世界になるように、今日も空きっ腹でビールをイッキ飲み。
一番大事なものは健康。

SHARE.