ぶっちゃけ人を見る目はありません。でも愛される方法とは?

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台風でも外で飲んじゃうこにくです。

こんにちは!

なんだか夏から秋にかけて、今年はほんとにお天気が不安定。
週末ごとに荒れてる感じですね。

そんなときはもうおとなしく、もちろんまっすぐお家に帰ります。
電車も止まっちゃいますからね。
お店も閉まっちゃいますからね。

まあ、お家帰ってから、飲み直すんですけどね。

あ、飲み「直す」ってことは、台風でもある程度の時間までは
外で飲んでたってことですよ。ええ。

台風の日の梅田、とっても空いてて、
人混み嫌いのこにくにとっては素晴らしく快適でした。

さてさて。

こにく、突然ですが、正直に申しまして、
人を見る目がありません!!!

いまこにくを好きでいてくださるみなさまには
失礼を承知で、言っちゃう。
でも怒っちゃいやん、最後まで読んで!!!

ほんとに、そういう審美眼って、どうやって養われるのか、
人を見る目のある人がうらやましい。

わりと、人の表のキャッチーな部分、分かりやすくモテそうな部分に
単純に引っかかってしまいます。
ゆえに、とっても惚れっぽいので(男女問わず)
この人いい!って思った人にはけっこうすぐ自分から食いついて行くのですが、
しばらく経って「アレ?」ってこともしばしば。

この人こんなひとやったん??(汗)みたいなね…。

もちろんそれは、タイミング的にお互いの成長や価値観の変化によって
関係を「卒業」すべきときだったり、
必ずしも自分が見誤った場合ではないこともあるのだけど、

だからこにくは、以前のコラムにも書いたように「人間関係は努力しない」と決めて、
なりゆきに任せるようにしています。

でも、それ以外に、「見抜く」ということが苦手なこにくは
別の方法を使って人を見極めているのだ!

まず自分って何??

しかし!人を見る、その前に。
まず、自分を見ることのほうが大事なんじゃないかってこにくは思います。

それは、たとえばどういうときにやる気が出るのか、
逆にどういうときにヘコむのか。

群れるのが好きなのか、
単独が好きなのか。

どんな遊び方が好きなのか。

人に踏み込まれてOKな範囲はどれくらいか。
他人と接するとき、自分はどんなふうに「よそ行きの顔」を作るのか。

そもそも、自分にとって「他人」の定義ってなんなのか。

「友達」は?「親友」は?「恋人」は?「家族」は?
「仲間」は?
それぞれ、持ってる定義は個々で違うんじゃないかと。

そして、そんななかで
自分以外のまわりの人間と、
どんな関わり方をしたら、「いい自分」でいられるのか。

どんな人といたら、自分が前向きに進めるのか。

それは、恋愛、仕事、素の自分、自分の持ついろんな側面によっても
必要なキャラクターの配置は変わりますね。

あなたに必要なのはどんな人?

そうやって自分の輪郭をあぶり出していくと、
自分にとって必要な人ってどんな人なのかがわかってくる。

まあ、こにくはこんな理屈っぽくなく、
感覚で「一緒にいて楽しい」っていう自分なりの真理でもって
お付き合いする人を嗅ぎ分けているときもあるのだけど、
そんななかで、もちろんたくさん失敗することもありました。

その原因がやっぱり、「自分ってどういう人間か」をわかっていなかったからってこと。

それはいわば、無理に理想のキャラクターにあてはめて自分を演じていたり
自分のことを受け入れられなくて、思い切り心閉じてしまったり
逆にオープンにしすぎて相手に引かれたり、ね。

こじらせ臭がプンプンやけど(笑)

そんな時は、自分にとって毒になる人を寄せ付け、
またそれは自分にとって正しい選択なんだと思って
苦しいのに苦しい理由もわからなかったり
どんどん自分を嫌いになっていったり、
逆にどんどん高慢になっていったり、してました。

無理してる自分をデフォルトに設定して、
そこに反応する人に寄って来られても
ずっと無理してなきゃいけないから、
そら苦しくて当たり前。

でも、そんなときは無理してない「素の自分」を受け入れることすら
こじらせMAXのときのこにくには難しかった。

むしろどれがほんとの自分かわからなくなる感じ。

だから、人を選ぶ時ってほんとに
自分が自分を知るってことが、まず大事なんやなって、思い知ったこにくでございました。

こじらせながらこにくが選んだ人選の手段

さて、じゃあやっと本日のお題の本質に迫ります。

こじらせまくってきて、いまもじゃっかんそこを引きずっているこにくが
やっと自分を受け容れられ、肯定でき始めて、
(それと同時にモテるようにもなったんやけど)
昔よりはまともに人を選べているのだけど、

それは、別に人を見る目が養われたわけじゃない。

まあ、単純に年齢を重ねる中で、
物理的な出会いの数も増えるわけで、
そういう意味では人を見る目は昔よりは研ぎ澄まされたかもしれないけど。

でもこにくが使ってる手段、それは

自分を踏み絵にする」ってこと。

「自分を知る」の段で、
セットの要素として「他人から自分はどう見えるのか」ってことも
知る必要のある重要な要素。

こにく、対外的には
とっても正直でパワフルでノリよくて毒舌で、
女の子に対しては頼りになる姉御肌、
男の子に対しては肉食のエロ女と、
どうも映っていることが多いようでございます。

まあ、それも、ほんとの自分であるといえば、ある。

人間ていうのはほとんどのひとが
多面的な生き物ですから、
いろんな表情を見せて当たり前。

でもでも、こにく、
ほんとはとても繊細です。
けっこう傷つきやすいし、
言いたいことも、大事なことやネガティブなことほどためこむし
怒りをはっきり表現することも、とても不得手です。

自分がガマンすればいいって、思ってしまうとこがある。
散々言うてきてるように、もとこじらせやから、
やっぱりモチベーションは怒涛のネガティブ思考で、
自分の存在価値ってなんなのかってことを、常に考えちゃってる。

暗いやろ!(笑)

なんて、こんなこというのもかなり勇気がいるのだけど、
でも、なんで言うのかって、
ほんとに、全然そこわからない人が多いみたいやから!

世の中には、いろんな人がいて、
人に興味津津な人、逆に全然興味ない人、
繊細な人、図太い人、いろいろいます。

それがいいとか悪いとかじゃなく。

こにくは自分を分析した時に、
この表面的なキャラクターと、内に秘めた部分と、
けっこう乖離がある方なんやなということに気づいたわけです。

いわゆる、「表」と「裏」ね。

でも、表のこにくを見て、
ほんまにそのまんまのエネルギッシュ毒舌ドスケベ女やと
認識する人も、たくさんいてた。

こにくは、そこにびっくりした。
こにくは、自分のだめなとこ、いわゆる「裏」の
繊細なダメダメな部分も、垂れ流してたつもりだったから。

でも、ちゃうねんや、みんな、わからへんねやって、気づいたわけです。
てか、そこまでみんな見てないし興味ないんやなってことも、あるなって。

だから、自分の繊細なところを守るために、
言うようにした。「アタシけっこう繊細ですから!」って。

そこでの反応を見るわけです。

「うっそーん!」か、
「うん、わかるよ」か。

これが、こにくが人を選ぶときの手段。
「自分を踏み絵にする」って、こういうこと。

こにくがこにくにとって大事な人の要素として
このこにくの繊細さをわかってくれるかってことが、
とっても重要。

こにくの「裏」の繊細な部分を見抜いてくれる、
「人を見る目のある人」を、こにくは待っておるわけです(笑)。

こにくは理解されにくいことが多い。

それはキャラクターもそうだし、
価値観もそうだし、
この幾重にも重なった思考回路ゆえでもあるけど、
そこに自分自身が巻き取られそうになるグルグル思考を、
客観的に理解し、さくっと救ってくれる人、受け容れてくれる人が、
こにくにとってほんとに自分が付き合う価値のある人、
一緒にいさせて欲しい人、なのだなと、
いまは思っておるのです。

てか、人間の本質って

でも、こにく、思うけど、
ほんまに人間の本質て、見た目と逆って言い切っちゃってもいいくらいやと思う。

とくにこの時代、この日本においては。

みんながなんらかの形で、
「武装」しなきゃいけない。

いろんな人に出逢えば出逢うほど、
話せば話すほど、
人の本質って、見た目と逆やわって、
思わずにいられない。

自分が出会って、ピンときて「好きやわあ♥」って思った人、
そのひとがなるべく傷つかないように、
なるべくこにくも理解できるように、
せいいっぱいの想像力と、持ち得る限りの愛でもって
見つめてゆきたいなあと、思うのでした。

100%分かり合うとか絶対無理やけど、
だからこそ1%でも「ドンピシャ」あったら、むっちゃうれしいやん?

そういう奇跡みたいな瞬間を、
たくさん経験できるのが、豊かな人生なのかもって
こにくは思うのでした。

では、また!

この記事を書いた人

こにく
こにく
遅咲きモテ系30代・広告クリエイティブ職のわりと肉食な女。独身。
お酒と仕事と下ネタと、人生を豊かにしてくれるカルチャーが大好き。
もと「こじらせ」で小デブ。関西在住。
愛と笑い溢れる世界になるように、今日も空きっ腹でビールをイッキ飲み。
一番大事なものは健康。

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