他人の目を気にしてばかりだった私が田舎暮らしで自分を発見していく話

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はじめまして、新米ライターのMeicoです。道産子育ちの23歳、トウモロコシ畑がどこまでも広がるアメリカ中西部のとある街(村?)で留学生活を送る大学生です。朝のマクドナルドは畑仕事を終えたおじいちゃんおばあちゃんのデートスポットとして大盛況、そんなのどかな地域に住んでいます。

 

私が通うのはいわゆるリベラルアーツカレッジなので、専攻である国際経営学に限らず何でも興味があるテーマを掻い摘んで授業を取っています。アリストテレスの修辞学、ライフタイムフィットネス、中世ヨーロッパの伝承、Pythonプログラミング、微分積分、ジェンダー論などなど。見事に一貫性ゼロ。たまに自分は一体何を勉強しているのか混乱します。将来何を目指しているのと聞かれるともっと混乱します。

 

きっとただの知りたがりなんです、私。

 

どうして空は青いの、どうしてジュースは甘いの、と当たり前を素直に受け入れられない子供の私を、親戚のおじちゃんおばちゃん達は思いっきり皮肉を込めて「なんでちゃん」と呼んでいました。(たぶん今でも本質は変わっていません…)

 

留学前の私

そんな私はルールや常識に従うのも人一倍で苦痛で、かといって周りに反して自分をつらぬく意気も根性も持ち合わせておらず、何とも煮え切らない中途半端な日々を送っていました。高校を卒業して、地元のキラキラおしゃれ女子が集まる私大に進学、でも何かが違う。勉強だって嫌いじゃなかった。人並みにメイクや髪型、ファッションにも気を使ったし、人生初の彼氏もできて、アルバイトで稼いだお金で友達と旅行に行って、それで十分なはずなのにどこかいつも虚しくて。

きっとこのまま大学を卒業して、どこかの会社に就職して、結婚して子供を産んで…気付けばそんな生き方を受け入れそうになっている自分にも怖くなりました。だってそれは、私が望む幸せの形じゃなかったから。じゃあ一体どうしたいの?4分の1世紀も生きていない未熟な私には答えなんて見つけられるはずなかったけれど、このまま流されていたら絶対に後悔する。それだけはわかりました。

 

自分探し症候群

「自分探し症候群」なんて言葉があるんですね。生き方やアイデンティティーが定まらないことに悩み葛藤する過程を私はむしろポジティブに捉えているので、症候群なんて言いようはどうかと思いますが、そんな名前が付くほど同じように葛藤している女性がたくさんいるんだという点ではほっとします。「今より素晴らしい自分」を探し求め海外へ飛び出すケースもありとあるようです。まさに当時の私…

 

今振り返ると、大学を辞めて海外に行く、なんて極端なことをしなくても自分を変える方法はいくらでもあったのだと思います。ただ当時のあまったれでくすぶっていた私にはそのくらいの環境の変化がショック療法的に必要だったのかな、とも思います。そんなこんなで両親・大学教授とのバトル、地獄のコールセンター勤務を経て、ついに2年前の夏、Meicoが今住むこの街へ辿り着きました。

 

来て早々は、「せっかくだからまずは友達たくさん作らなきゃ!」と変な気合が入っていて、意気揚々と毎日たくさんの人に会っていました。新しく出会った人の顔と名前を一致させる暇もないくらい。facebookの友達はどんどん増え、キャンパスを歩いていても知ってる顔としょっちゅうすれ違うようになり、週末にはパーティーにも顔を出し、ランチを食べるグループもできて。なんて充実した留学生活送ってるの!と錯覚していました。

 

ふと、日本にいた頃の自分から何も変わっていないことに気付くまでは。

太平洋を渡り6000マイル離れた土地で違う言語を話していても、やっていることはまるで同じ。一見充実しているような毎日を過ごしていても心の中は空っぽ。そんな自分を変えるために日本を飛び出したのに。

 

どんなに知り合いが増えても、心を開ける相手はいませんでした。Hi!って挨拶しあう30人より、寂しさに気付いてくれる人が1人欲しかった。Facebookにタグ付けされた笑顔で写るグループ写真がまたひとつ増えるたび、何とも言えない虚しさと焦燥感が心の中で広がっていきました。

 

みんなに好かれたくて、認めて欲しくて、一人になるのが怖くて、思っていることを言えなくて、ほんとは面白くないのに周りに合わせて愛想笑いをしてその場から離れられなくて。そんなかっこ悪いちっぽけな自分。行動の基準に自分の意思はなくて、「私はそれを本当にしたいのかどうか」よりも「それをしたら周りからどう見えるか」ばかり気にしていたのです。

 

変わるきっかけ

変わりたい!と思ってから具体的に取った行動は「感情ノート」作ること。嬉しかったこと、悔しかったこと、もやもやすること、何でもいいんです。その日1日の間に沸き上がった気持ちをとにかくノートに書きためる。その感情が湧いた前後に取った行動と共に。それを数週間続けて分析するとびっくりするくらい自分のことがよくわかります。社交的で人と関わるのが好きだと思い込んでいたから大人数のイベントに参加したり自分でランチやディナーを主催したりしていたけど、実は毎回終わった後疲れて一人になりたいと思っていたり。新しいコスメや服のショッピングをした後よりも、キャンパスの芝生の上でぼーっとひなたぼっこをした後の方が心の満たされ度が断然上だったり。

 

そうやって見つけたほんとの自分の心の声を聞きながら、どんな些細なことでも自分がより幸せを感じられるように行動指針を少しずつ変えて行きました。

感情ノートを始めてから1年とちょっと。最近気付いたのですが、私のやっていることってまさに親友の口癖だったんです。彼女がいつも言うセリフは「I do what I want. (やりたいことをするわ)」夜食のピザも、健康のための水分補給とエクササイズも、一見矛盾しているようですが彼女は彼女がその時やりたいことをしているだけ。失敗しても傷ついても自分が決めたことだから誰のせいにもしない。後悔もしない。感情も抑えない。泣きたいだけ泣いてまた前に進む。そんなどこまでも自分に正直な彼女にもたくさんインスピレーションを貰っています。

 

初めての記事ということで自己紹介をメインに書かせていただきましたが、また次回は違ったテーマでお会いできるのを楽しみにしています。それではまた。Meicoでした。

この記事を書いた人

Meico
Meico
アメリカ中西部で大学生活を送る、モラトリアム期間延長中の23歳。野生のリスに囲まれて田舎暮らしを満喫中。モットーは自分にどこまでも正直でいること。散歩とインスタント写真が最近のマイブームです。

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