何もないのに行きたくなる、不思議な国ラオス。

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今日も33度超えw来月もっと暑くなるなんて冗談でしかない@香港からにっきです。

ラオスって、みなさん知ってますか?

前の記事で少しラオス語についてお話ししましたが、
タイ、ベトナム、中国、ミャンマー、カンボジアに囲まれた内陸の国です。

タイのトムヤムクン的な有名な料理があるわけでもなく、
カンボジアのアンコールワット的な観光名所があるわけでもなく、
国土は本州くらいあるのに、
人口は横浜市くらい。
首都ビエンチャンには、
スタバもマックもKFCもない。
高いビルもあんまりない。
街をウロウロしてると、知らない人に何度も遭遇し、
いつの間にか挨拶をするようになったり。
ぱっと見、タイの地方都市にしか見えません。

愛をもって言いますが、
非常に地味な国です。

最近はちょっと知名度がましてきましたが、
私がラオス、ラオスいうと、

え?それどこ?

とか、
ラオスって何語?

とか、
通貨なに?

そもそもラオスって何?

とか、よく聞かれます。
非常にマイナーな国なんですけど、
私はこの国と深いご縁があります。

ラオス渡航回数は20回以上。

もはや正確な回数はわかりません。
いつもタイ経由で行くので、パスポートはラオスとタイのスタンプでいっぱいです。

私は一人っ子なんですが、
幼い頃それを不憫に思った両親が
仮の兄弟をつくってあげようキャンペーンを実施していました。

小学校に入る前の私に母は
アジアの孤児を養子に迎え入れてもいい?
と、真顔で聞いてきました。
甘えたい盛りですからね。
聞くまでもなく、当然答えは
Noです!

後から聞いた話ですが、
なんで孤児は孤児でも外国からもらおうとしたのかというと、
明らかに顔が違うから養子だと説明しなくても、
本人も周りもわかるからだそうです。

孤児受け入れを断られた母がでた行動とは?

アジアからの留学生のお世話をしだしました。
その学生の中に、ラオス人がいたのです。

お母さん代わりみたいな感じで、
日本語がおぼつかない学生に代わって洗濯機買うの手伝ったり
部屋を借りるときの保証人になってあげたり。
(外国人が日本で部屋を借りる場合、保証人が必要なんだそうです)

小学生の頃のある日、学校から帰ると
何人かわからない人がうちでカレー食べてました。
よくわからない人がうちで夕飯たべてるというシチュエーションは我が家のあるあるでした。

その当時、外国に興味があるはずもなく、
幼かった私は彼らと共通の話題もなく。
気まずい雰囲気…。

特にタイとかマレーシアはきいたことあるけど、ラオスとか、
得体がしれなすぎて、恐怖でした。笑

突然の母の活動も3年経ち、5年経ち、
みんな優秀でしたので、
母国のために帰国したり、
アメリカ、ヨーロッパでさらに勉強したり、働いたり。
散り散りになっていきました。
そして、ほとんどの学生は疎遠になる中、ラオス人だけは、用事もないのに、ちょこちょこ
元気?と、電話をしてきてくれました。
あれから20年ほど月日は流れ、
今や本当の兄貴のようです。
そんなラオ兄貴が私には3人います。

なんせ一人っ子なもので、私は超過保護の監視下で育ちました。

大学生の頃、バックパッカーに憧れていました。
が、しかし。
そんな旅のスタイルを許してもらえるはずもなく。
でもラオスならあの子たちがいるから、好きに行っていいよ〜。と言われ、
航空券だけにぎりしめ、
ラオスの地に初めて降り立ったハタチのにっき。

其の後は兄貴周りのラオス人を紹介してもらったり、
ホームステイさせてもらったり。
大学生だった私にとってそれは、
ワクワクアドベンチャーでした。とはいいつつも、観光名所も地味過ぎてリアクションに困る感じなんなので…。

何をしたかというと、ラオス料理をつまみに
ビールを飲む。以上です。

やってることはこれだけなのに、
なぜかまた行きたくなって、
大学生の頃は
春休みと夏休み、年2回ラオス旅行。
ラオス代を稼ぐためにバイトにはげんでおりました。

ラオスには綺麗な織物、繊細な刺繍といった、伝統工芸が盛んです。
それを見た当時の私は
素材は面白いのにデザインが微妙…。と思っていました。

そんな思いがキッカケで、学生のときはラオスに行って生地を買っては、
日本に持ち帰り、
バッグを作って売っていました。

それがちょっと評判がよかったもんだから調子に乗ったワタクシは、新卒で入った会社をサクッと1年でやめ、
ラオス語を勉強がてら、
なにかできることはないかと、ラオスに飛びました。
新卒に毛が生えたバッグデザイナーの仕事しかしたことがなかった私は
なにをしていいかわからず、
すぐに日本に帰ったのですが…。

そのときたまたま起業当時のバングラディシュでバッグを作って販売していた、
マザーハ○スの記事を新聞でみました。

なんだか似たようなことを違う国でやろうとしている人がいるなぁ…。

その程度しか思ってなかったのですが、
まさかこの先、私がこのマザーハ○スに入社してバングラに住むことになるとは思ってもいませんでした。

話はズレましたが、
なんだかよくわからないけど、
私を魅了し続けているラオス。
最近また、ラオス熱が再燃しています。

香港もだいぶお腹いっぱいになってきたし、
気づいたらまたラオスに住んでたりして、ははは…。

皆様も是非一度ラオスに遊びにいってみてください。
長くなりましたが、言葉では表現できない魅力がそこにはあります。

この記事を書いた人

にっき
にっき
アラサー独女で自由人。アメリカ、ラオス、バングラディシュ、オーストラリア、香港に在住経験あり。バングラディッシュではジュードを使った鞄製造販売に関わる駐在員。行きたいところに好きなだけ居続けた結果、海外に出たい症候群を克服。2014年に香港にて働き始め、2015年8月帰国。しばらく日本でおとなしく暮らす予定。

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