映画に学ぶ30才からの女の生き方 Vol.1 歩くことで生き直す女〜「わたしに会うまでの1600キロ」

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バックパックを担ぐまで

新卒で会社に入ってから心身のバランスを壊して辞めるまでの間、そこそこのサイズの企業でキャリアウーマン気取りで働いていました。

よくある世間の企業の例に漏れず、企業内だけで通用するある種の洗脳のようなものがあって、適応するためには、自分の頭で考えたり、自分の感性を生き生きさせていると辛くなるという環境だったので、ある側面においては、意識的に自分を鈍らせていた時期でした。

加えて、初めて勤めた会社なものだから、「働くとはこういうもんなんだ」と、自らに言い聞かせ、結構なブラックな環境で、気がつけば朝から深夜まで働き詰めの毎日。

今なら、狂ってたと言い切ります。そして、できることならあの若かりし日々を返してくれ〜、と思います。まあ、過ぎた時間は取り戻せないし、それもこれも含めての今の幸せと思って割り切るしかないな、というところなのですが。

ある時、遠方から友だちが、一人暮らしの私を訪ねてきてくれました。駅で再会して向き合った時、彼女は私を見てハッと息を呑みました。

それで私は自分が今どんな顔をしているのかということに初めて気付かされたのでした。毎日鏡を見ていたのに全然見えていなかった。顔は吹き出物だらけ、疲れてげっそりとした自分の顔が。

彼女が帰ったその夜、窓のないワンルームマンションの洗面所、鏡の中の自分をまじまじと見つめ、「こんな顔になってまで働くこたあないな。」と妙にきっぱりと思ったことを今でも覚えています。

その1ヶ月後には私はもう、バックパックを担いで、砂埃舞う中国大陸にいました。

ジャン=マルクの描く生々しい人間の姿

2014年作品。監督は、あの素晴らしい「ダラス・バイヤーズ・クラブ」のジャン=マルク・ヴァレ。カナダ・ケベック州出身の、この思慮深いもの静かな監督のたたずまいとは裏腹に、彼の作品は、いつも人間の荒々しい生々しさから目を背けることがありません。きれいごとなんかは嫌いで、もがき、のたうち回る、むきだしの人間の姿を描きます。

本作も同様。離婚と、最愛の母の死でどん底まで落ち込んでしまった主人公、リース・ウィザースプーン演じるシェリル。ヘロインに溺れ、行きずりの男と自暴自棄なセックスを繰り返している。

そんな彼女は衝動的に、メキシコ国境からカナダ国境まで、アメリカ西海岸を南北に貫く過酷なトレイル、パシフィック・クレスト・トレイル(通称PCT)を歩破しようと思い立ちます。

なんでこんなこと思い立っちゃったのかなあ、トホホ、と何度もめげながらも、ある種やぶれかぶれの怖いものなしの強さでもって、彼女は1600キロの道のりをひたすらに歩いていきます。そんな彼女の旅のはじまりから終わりまでを描いたのがこの作品です。

ただ歩くということの効用

どうしてすき好んで野宿をしたり、ハードな旅をしたりするんだろ。歩くことが一体何になるというんだ。長い旅をしたことのない人はそう思うかもしれません。

けれど、脳みそを空っぽにしてただ歩き続けるということが、どれほど深く人を癒すかということを、少なくとも私は自分で身をもって経験できて良かったなと思っています。

あの、ひとりぼっちでただ黙って歩き続けながら、とことん自分自身と対話していた頃の、寄る辺ない、けれどせいせいとした軽やかな気持ちを、この映画は泣きたくなるほど懐かしく思い出させてくれます。

何の科学的根拠もない、個人的実感にすぎないけれど、無心に歩くという行為の中には、本質的に治癒的なものが含まれているように思います。四国のお遍路さんや、松尾芭蕉の奥の細道も、きっと同じことのような気がします。

広々とした気持ちになる映画

どん底まで行ってしまったシェリルはあまりにやけっぱちで、見ていて痛々しいほど。そしてぶざまにみっともなくもがきながら、別段楽しそうでもなく、淡々と歩を進めていきます。

しかし、物語が進むにつれ、観る者は息を詰めて、ある感慨を持って彼女を見守るようになります。

シェリルは、時には散々な目にも遭いながら、ひたすらに歩き続ける。

そこにある適当なものを食べ、適当に見て、適当に誰かと喋り、適当な場所で寝る。誰も自分のことを見ていないし、気にもとめていないし、骨の髄から自由でひとりぼっち。

そんな日々のなかで、どんどん薄皮が剥がれるように、物事はシンプルに、クリアーになっていきます。自意識の鎧がぼろぼろと落ちて、動物みたいに何の滞りもないスムースな体の動きと感情の流れに身を任せ、目の前の大自然をただ見つめるようになっていく。

何をしても何を見ても基本一人だから、表面上そんなに笑ったり泣いたり、ドラマティックなかんじはないんだけれど、歩を進めるごとに、彼女のなかに生きる力が少しずつ蓄えられていくのが分かるのです。

人間は、もろいようでいて、底知れないしぶとさを持っているんだなあ。どんなにみっともなくても、石にしがみついてでも生きる方向へ行く、というたくましさが、生物として組み込まれている。

そこには力強い希望の感覚があります。

ローラ・ダーン演じる愛情深い母親と過ごした幼い日々のシークエンスを、その時々のシェリルの思いに重ねるように差し挟みながら、ただ彼女が歩いていく様子を見せることで、彼女の心の回復がひしひしと感じられる演出が素晴らしいと思います。

あまりにハードコアな行程なので、これを見て「旅したい!」とは、なかなかならないかもしれませんが(笑)、広々とした気持ちにさせてくれる映画です。

どうしようもなく落ち込んでしまったり、色んなものを背負い込んで身動きが取れなくなってしまったら、シェリルのように無心に自然の中を歩いてみるのもいいかもしれません。

基本データ

2014年/アメリカ・116分

監督:ジャン=マルク・ヴァレ

原作:シェリル・ストレイド「Wild: From Lost to Found on the Pacific Crest Trail」

出演:リース・ウィザースプーン、ローラ・ダーン 他

この記事を書いた人

大島青
大島青
映画館で見る映画と午後5時からの赤ワインをこよなく愛するウェブライター。
ドラマやコメディーを中心に年間150本ほど鑑賞。ホラーとハリポタ的CGファンタジーはほぼフォロー外。人間の本質を、愛のあるまなざしをもって描いた作品が好きです。

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