映画に学ぶ30才からの女の生き方 Vol.0 はじめましてのごあいさつ

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心の友であり人生の学校である

はじめまして。ウェブライターの大島青と申します。兵庫の瀬戸内海に面した海辺の漁師町生まれ、現在は神奈川の湘南、海辺の町に在住。普段はビジネス系インタビュー記事をメインに地味に執筆活動している、アラフォー兼業主婦です。

色々好きなことはありますが、どれも人に誇れるようなすごいものではありません。そんなハンパな自分を情けなく思ってきましたが、最近になって、いつまでたっても上手でなくても、大した知識がなくても、愛情を感じられるものがたくさんあることが豊かなことだと開き直れるようになってきました。年を取ることの良き側面です。

映画もあくまで趣味であり、専門家ではないですが、長年のいちばんの心の友であり、学校嫌いで恩師と言える先生もいない自分にとっては、映画は大事な人生の学校であり続けてきました。

世の中の娯楽の種類は増えたけど

世の中、娯楽の種類も増えて、スマホがあればどれだけでも時間は過ぎてゆくし、なかなか映画1本に2時間を捧げるのは、えいやっと気合いの要ることではあります。

けれど、古今東西、世界中のフィルムメーカーたちが、ものすごいチームワークでもって、(力の入れように差はあれど)身を削って作っているのが映画という総合芸術。映画という形態のもつ「一投入魂」ぶりは、やはり素晴らしいものだと思うのです。

そんな努力と才能の結晶である作品たちを、こんなにもいつでも気軽に享受できるって、なんてなんてすごいことなんだろうと、良い映画に出会うたびに何度でも思います。

そんな訳で今日もまた、万難排して映画館へ、またはNetflixのお世話になる日々です。

誰もが不確実性を生きていく

よく言われることですが、今の自分の年齢の人を、若い頃の自分はもっと大人だと思っていた、実際はこんなにも頼りないものなの?と。

高校生になってそう思い、成人してそう思い、三十路になってもそう思い、気がつけば四十路になって、この違和感はきっと一生続くものなんだろうな、と観念しはじめました。

人生を生きていくのは、長い長いロールプレイング・ゲームのようなもので、どんな平凡でささやかな人生だって、その人にとっての道なき道のけもの道を、じりじりと、時にはわしわしと切り拓いていく連続にほかならないのだなあ・・・というのが最近の実感です。

人生における不確実性を避けることは、どんなに賢くても、ラッキーでも、誰ひとりできない。

私が、そのような人生のままならなさのようなものを身に沁みて感じるようになったのは、30才を過ぎた頃からだったなあと思います。

もっとも、バブルはとうの昔にはじけ、社会保障にも世界平和にも地球温暖化にも大きな不安を抱えて生きざるを得ない今の若い世代においては、もっと早くから人生の厳しさに向き合っているのかもしれませんが。

映画に学ぶ30才からの女の生き方

できることなら、避けがたい不確実性を面白がって生きていきたい。だけど、言うは易しで、実際はむずかしい。

そんなとき、映画の中で「彼女たち」が見せてくれるさまざまなドラマは、いつも私を温め、励ましてくれました。映画を通じていくつもの人生を疑似体験することで、世界を見る目がささやかながら広がってゆきました。

視野の広がりは客観性を生み、客観性は愛とユーモアと謙虚さを生む。

このコラムでは、私、大島青が、これまでの人生の紆余曲折のなかで自分を救ってくれた愛すべき映画たちのなかから、とりわけ「女を描いた映画」について、偏愛をもって思いのたけを語ります。

そして「30才からの女を生きていく」ための滋養を、読者のみなさまと少しでも分かち合えたらと願っています。

どうかどうか、細く長く、よろしくお願いいたします。

この記事を書いた人

大島青
大島青
映画館で見る映画と午後5時からの赤ワインをこよなく愛するウェブライター。
ドラマやコメディーを中心に年間150本ほど鑑賞。ホラーとハリポタ的CGファンタジーはほぼフォロー外。人間の本質を、愛のあるまなざしをもって描いた作品が好きです。

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